吉田大橋物語

「・・・・・・・・落人も見るかや野辺の若草の・・・・・気も戸塚はと吉田橋、墨絵の筆に夜の富士・・・・・・・・」人形浄瑠璃、歌舞伎の「仮名手本忠臣蔵」の「お軽勘平の道行きの場」で、清元で謡われる戸塚の吉田橋である。


広重保永堂版にある「こめや」の看板は旅篭屋である。
現在は富士山が見えるとはとても思えないほど都市化されているが「左かまくら道」の道標は、今も近くの妙秀寺にある。





また、江戸から十一番目の一里塚「原宿一里塚」は、案内板がないとわからないほど、道路拡幅で原形がくずれている。