永勝寺の飯盛り女悲話

藤沢市本町4丁目の永勝寺には、藤沢宿の飯盛り女48人の霊を弔った39基の墓がある。
飯盛り女は、広重、十返舎一九も好んで描いた宿場の華であった。旅人の給仕をしたり夜の伽もした。幕府は、時には取り締まったが旅篭屋1軒で2人の飯盛り女を認めていた。


五十嵐富夫氏の労作「飯盛女」(新人物往来社)によれば、藤沢宿の旅篭屋小松屋源蔵方の女の平均寿命は、21歳と3ヶ月で41年間に39人が死んだという。


女たちの墓は、雇い主小松屋一族の墓の下に整然と並んでいる。
後の高台の墓は、小松屋一族の墓である。


手厚く葬ってくれた施主を仰ぎ見るように慕って取り囲んでいると見るのか・・・・・・死んでも雇い主の監視のもとに「籠の鳥」でいると考えるのか・・・・いずれにしても女たちは過酷な運命の星の下にいた。