カッパ伝説の稚児橋

江尻宿を出て巴川を渡る橋を稚児橋という。
慶長12年(1607)徳川家泰は東海道筋の整備を命じた。ここ江尻宿でも巴川にかかる橋の建設が行われた。


橋は江尻宿にできた橋という意味から「江尻橋」と名づけられることになっていた。

やがて待望の渡り初めの日がやってきた。この日のために特に選ばれた老夫婦が渡り初めを始めようとした時、突然、川の中から1人の童子が現れ橋桁をよじ登り、人々がアレヨアレヨと見守る中、橋を渡り姿を消してしまったという。


以来、人々は巴川のカッパが童子に姿を変え、渡り初めをしたんだと噂し橋の名前はいつしか「稚児橋」と呼ぶようになったという。

現在の橋の欄干には、童子とカッパの像が飾られ、伝説を今に伝えている。