
掛川の宿場のはずれの棒鼻の宿の客引き女が、
女「お飯よヲあがりまァし。鰺と蒟蒻、干大根のお吸物もおざりまァす。蛸のせんば煮もおざりまァす」
長持人足の唄
吹けばナァ 吹くほどナァ、ンェ
持つもな軽いナァヽンェ
綿をサァ入れた 入れたやナァ
長持に綿をナァ、ンェヨゥ
しったかどうだか どうだか
馬のいななき「ヒインヒィン」
弥次「ヲヤ喜多八、見さっし。さっきの座頭めらが、あそこに呑んでけつかるは」
喜多「こいつはいいことがある。おいらを川へはめた仕返しをしてやろう」
先刻の座頭二人、この茶屋に休んで酒を飲んでいたが、かの二人とは気がつかず、
犬市「ハァ根っから酒が足らんようだ。もう二合やらかそう」
女「ハイハイ」
犬市「時に、いまの川へはまった、べらぽうどもはどうしたろう」
猿市「それよ。ハヽヽヽヽヽヽ。まずかわり目の洒を一杯やらかそう」
と、猪口に一杯注いで一口飲み、盃を下におくと、隣の喜多八、そっと手を出して、猪口の酒を飲んでしまい、ちゃんともとの所に置く。
猿市「イヤ太い奴らであったわ。ちゃんとおれにおぶさりやアがって、その代わり、水を食らやァがった時は、助けてくれろと、悲しい声を出しゃアがった。大方あいつらは護摩の灰だろうよ」
犬市「そうさ。どうせろくなもんじゃアない。イヤ時に盃はどうした」
猿市「ホンニ忘れた」
と、猪口を取り上げて飲もうとしたところが、酒は一滴もない。

猿市「オヤこぼしたそうな」
と、そこらあたりを探りまわし、
猿市「ハテ面妖な。あらためて差そう」
と、また一杯注ぎ、一口飲んで下に置くと、喜多八またそっと引き寄せて飲んでしまう。
犬市「ヤァこの猿市め、独りで食らってしまやァがった」
猿市「ナァニ、とんだことを」
犬市「それでも、銚子がさっぱりだ」
と、大いに腹を立てる。
この時、門口に遊んでいた子守の少女が、最前から見ていて、喜多八を指さして、
子守女「ワァイ座頭どんの酒ゥ、みんなあの人が茶碗へそそいでしまわしやった」
喜多「オヤこの子はとんだことを言う。コリャア茶だ、コリャア茶だ」
と、いいながら、飲みかけの茶碗の酒を、あわててみんな飲んでしまう。
喜多「イヤちゃけは飲まぬから酒代は払わぬ。茶代ならなんぼでも払おう。いくらだ」
亭主「そんなら茶代を置かっしやいまし。茶が二合で六十円文」
喜多「ヤ、なんだ、茶を二合飲んだ、途方もねえ」
弥次「エヽ面倒な。払ってしまったがいい。手めえのするこたァ、なんでもおさまらねえ。足元の明るいうちに、払ってしまえや」
と、目顔で知らせると、喜多八もしょうことなしに、六十四文払ってやる。
喜多八を無理に引ったてて、ここを立ち出て、足早にこの宿を打ち過ぎる。
喜多「エヽいまいましい。今日はとんだ間がわるい。銭を出して酒を飲みながら、へこまされた。つまらねえ」
弥次「ハヽヽヽヽヽ、おれよりはよっぽど、智恵のねえ男だ」
することもなすこともみな足久保や 茶にしられたる人のしがなさ
(足久保は駿河国安倍郡の茶の名産地、することなすことみな悪しにかけている。)
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