この乗り合いの中に年のころ五十ばかりの、髭のもしゃもしゃとした親仁、いかにも垢じみた布を着たのが、なにかを失ったらしく、居眠る人々の膝の下を探ったり、うすべりを持ち上げてみたり、しきりに探しているようすに、弥次郎兵術はその手をとらえて、
弥次「コレ貴様はなんだ、ことわりなしに人の袂を探ってなんとする」
親仁「ハイお許しされまし、わしはハアちいとばかり、なくならしたものがござるから」
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| 浜名湖の船着場 |
喜多「おめえ、なくなったものがあるなら、人にことわってたずねるがいい。この船の中で、どっこへも行くことではない。なんだ、たばこ入れか煙管か」
親仁「インニャそんなもんじゃアござらない」
喜多「イヤそんなら銭か金か」
親仁「アイ蛇が一疋なくなり申した」
喜多「ヤァヤァとんだことをいう人だ。蛇たァなんの蛇だ」
親仁「なんだべいとって、生きた蛇でござるわ」
乗合の皆々「ヤアヤアヤア」
喜多「こいつは気味の悪い。ここらにはいねえか」
と、立ち騒げば、船中みなみな総立ちになって大騒ぎ、
皆々「ヤァこの板子の下に、とぐろを巻いているわ。ソリヤそっちの方へ行った。
エ、こりゃ気味の悪い。ソレソレ明け荷の下へ這い込んだは、コリヤまあ、とんだ人と乗り合わした」
と、船中上を下へとひっくり返して立ち騒ぐ。
かの親仁は明け荷を取り除けて、蛇をなんの苦もなくつかんで、またふところへ入れてしまう。
喜多「コレコレおめえとんだことをする。それをふところへ入れておくと、また這い出すわ。海へうっちゃつてしまいなせえ」
親仁「インニャさて、そうはなり申さぬ。わしはハァ讃岐の金毘羅さまへ行くもんだが、道中路銭が尽きて、仕様がないから、道でこの蛇をとったを幸い、蛙使いになって、一文づつもらって行くもんだから、コリヤァわしが商売の種でごさるわ」
喜多「エ、この親仁めは太えやつだ」
と、喜多八が立ちかかって親仁のむなぐらを取ると、ふところから柁の頭がにょつこり出る。
喜多八 キヤツといってとびのく。弥次郎続いて立ち上がり、煙管で親仁の頭に一つ食らわせる。親仁も腹を立てて弥次郎につかみかかると、船中の皆々でとりおさえる。
そのうちにまた蛇が、親仁のたもとから落ちてそこらをのたくりまわる。
皆々「ソリヤまた出おった。ぶち殺せ、ぶち殺せ」

喜多八が自分の脇差のこじりで、ちゃつと蛇の頭を押さえる。
蛇はそのまま鞘に巻き付いたのを、喜多八がちょいと海へ放り投げるはずみに、脇差も一緒に放り込んでしまう。
蛇は浪にまかれて見えなくなり、喜多八の脇差は、中身は本物の刀ではなく竹光なので、浪に浮いて流れている。
中身が竹光とばれて、喜多八が面目をなくして、しょげているのを見て、親仁も堪忍する気になり、怒りをおさめる。
皆々「アァこれで落ち着いた。しかしお気の毒なことは、あなたのお腰の物だ」
親仁「わしはこの歳になるが、脇差の流れるのを初めて見申した」
喜多「エ、言わせておきゃア、よくしゃべる死に損ないめだ、張り飛ばしてやろう」
と、また立ち上がり、つかみかかるのを、弥次郎が押しとどめる。
となだめるうち、船は早くも新居に近くなる。
舶頭「サァサァお関所前でござる。笠を取って、膝を直さっしやりませ。ソレソレ船が岸にあたりまするぞ」
乗り合いの皆々船から上がり、関所を通る。
弥次郎と喜多八も船から上がり、
舞坂をのり出したる今切と またたく暇も新居にぞ着く
(舞坂を今乗り出した、またたく暇もあらずに新居が趣向)