
そのうち早くも白須賀の駅に至る。
宿場の入り口の茶屋の女が、おもてに出て
呼び立てるのをみて、弥次郎が一首、
出女の顔のくろきも 名にめでて 七難かくす白須賀の宿
(顔の白いのは七難隠すの諺を白須賀にこじつけた。客引き女の黒い顔も、白須賀の名に免じて我慢しょう)
この宿場を過ぎて、ほどなく汐見坂にさしかかると、ここは北は山続きで、南は遠州灘の滄海漫々と開け、絶景まことに言葉にならぬほどである。
喜多八も一首。
風景に愛嬌ありてしをらしや 女が目もとの汐見坂には
(愛敬のある女の目つきを目もとの汐というのと、しおらしいというのにこじつけた)
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| 白須賀の町 |
喜多八がこうロづさんだのを、駕篭の先棒が聞きつけて、
先棒「ハア旦那はえらい歌人じゃな。アレ向こうの山を見さっしやれな。
鹿がおりますは」
喜多「ドレドレ、これは面白い」
先棒「不思議に江戸の旦那方は、あんな面白うもない畜生を珍しがらしゃつて、昨日も発句(俳句)とやらを、いわっしやれたお人があった」
喜多「おれも今の鹿で一首詠んだ。
きさまたちにいって聞かせたって、馬の耳に念仏だろうが、こういう歌だ。
おく山に 紅葉ふみわけなく鹿の 声きく時ぞ 秋はかなし
なんと奇妙か、うまいもんだろう」
これは、百人一首にある古今集の猿丸太夫の名高い歌、駕篭かき風情なら知らないはずと、喜多八はたかをくくって得意になっている。
そのうちに境川というところにいたる。
ここは遠江国と三河国の境で、二人は橋を渡る。
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